イイトコ探しに塩の道をゆく(前編)


「塩の道」ってなんぞや?

思い浮かぶのは「敵に塩を送る」くらい

大町民話の里づくり「もんぺの会」制作ジオラマ
大町民話の里づくり「もんぺの会」制作ジオラマ

「塩の道」――又の名を千国(ちくに)街道という。「敵に塩を送る」という義塩伝説が伝わる道だ。長野県内にある塩尻という地名は日本海から「塩の道」が行きつく先という意味があるらしい(諸説あり)……。

 

ごめんなさい、私が知ってる「塩の道」の知識はこの程度です。めんぼくない。あと、信濃大町駅近くの商店街(と飲み屋街)を通っているのは辛うじて分かります。

 

大町に来たからには、歩いてみたい!と思っていたら、ちょうどお祭りがありました。塩の道・入門者であるイイトコ探し隊は、歩く前に下調べをすることにしました。

街道にはいろんなタイプがあるけれど……

千国街道を歩いたのはどんな人?

36回「塩の道まつり」大町市を歩く(詳細は後編で)
36回「塩の道まつり」大町市を歩く(詳細は後編で)

千国街道は、糸魚川から千国(小谷村の宿場)を通り松本までの南北を走る約120㎞(30里)の道。春、八十八夜(5月2日ごろ)から秋、小雪(11月23日ごろ)にかけて牛や馬に荷物を運ばせる牛方(うしかた)や馬方(うまかた)が活躍しました。

 

雪のため牛が通れない半年間は歩荷(ぼっか)の出番。塩一俵を一人で背負い、十数人がまとまって雪深い道を行き来しました。これらの仕事は「作間(さくま)稼ぎ」といって、沿道の農民の副業でもありました。

 

街道は定期的に大名行列が通った訳ではないので、本陣はありません。大きな寺社のある信仰の道でもなく、幕府公式の宿場もない。千国街道は信濃から農産物が、越後からは海産物が運ばれ、旅人や托鉢僧、瞽女(ごぜ)や旅芸人が行き交う、いわば“庶民の道”でした。

「塩の道博物館」から「塩の道 ちょうじや」へ

歴史的建造物を護る女たち

最盛期は大町に3軒も塩問屋があり大変栄えた
最盛期は大町に3軒も塩問屋があり大変栄えた

もう少し知りたくて、大町市内にある「塩の道ちょうじや」に行ってきました。ここは旧「塩の道博物館」で、展示物や資料を通して「塩の道」が学べます。

といいますか、そんな固い感じではなく、塩問屋だった商家のお座敷で文化的なイベントがあったり、カフェスペースの縁側でのんびりできたりする憩いの場でもあります。

 

数年前まで「塩の道博物館」だったので、古い地図や標識には未だにその文字が残っています。どうして博物館でなくなったのか、管理団体である一般社団法人「縁家」理事長の黒川惠理子さんに伺いました。

 

「この絵地図が大好きなんです」と黒川理事長
「この絵地図が大好きなんです」と黒川理事長

「ここは以前は有志が運営する私設の博物館でした。来館者の減少と管理者の高齢化で、閉鎖することも検討されていたのです」と驚きの答えが……! うだつの上がる立派な建物と博物館の名前から、私はてっきり行政の施設かと思い込んでいました。

すわ閉鎖か!? と存続の危機がニュースとして新聞に載り、それがきっかけで市内外から支援の声が届きました。応援を受け「やっぱり自分たちの手で、この貴重な建物を残したい!」と地元の女性らが立ち上がりました。新たな運営母体「縁家(えんや)」をつくり、博物館から「塩の道ちょうじや」へ。ちなみに“ちょうじや”は塩問屋時代の屋号だそうです。

 

今年の4月で3年目を迎えた「塩の道ちょうじや」。もしあの時、黒川さん達が残してくれなかったら、私がこの由緒ある建物を見ることはできなかったのかも知れません。女性たちの心意気に感謝しつつ、ここにも「大町イイトコ」を見つけました。

歩荷体験で事前準備は万端?

塩の道への思いは募る…

この背負子が重いんですよ!
この背負子が重いんですよっ!↑

「塩の道ちょうじや」は庄屋だった旧平林家の建物をそのまま使っています。中に入ると、太い松の梁が特徴的な吹き抜けのスペースが広がっています。囲炉裏に上がり、右にカフェスペース、左に展示スペースがあります。平林家の貴重な収蔵品や、大町の町屋敷絵図や、宿場町のジオラマが飾られていました。一頭の牛に二俵(一駄)ずつ載せて運ぶ牛方や江戸時代の塩問屋前の賑わいを、おどけた人形達が表現しています。

 

黒川さんおすすめで、2階の展示スペースで歩荷体験をしました。塩一俵に相当する約60㎏の背負子を、いざ背負ってみると……。全然背負えない!というか持ち上がらない!こんな重いものを持って雪の山道を歩いていたなんて!大町から松本までたった一日半で運んでいたなんて!!驚き桃の木山椒の木です。


塩蔵には重要文化財級の「にがりだめ」が現存されている
塩蔵には重要文化財級の「にがりだめ」が現存されている

そのほか旅装や弁当箱、民具、古文書を見学。展示してあった歩荷の「輸送規約」が興味深いです。6日かけて糸魚川から大町まで塩を運ぶ「並急」から、生魚を1日で届ける「大急」まであり、松本まで行く場合は、一旦全て大町で運び人を交代させていた様子が分かります。

 

カフェスペースの奥の中庭の並びには、貴重な「塩蔵」が残っていました。当時の塩は荒塩で、乾燥すると量が減り湿気が多いと増えたそうで、業者間のトラブルが絶えなかったそうです。溶けた分は豆腐に必要な苦汁(にがり)となり「にがりだめ」に溜められていました。昔の人の知恵ですね。

 

ちょうじやで昔の人の感覚を体感でき、すっかり気分は「塩の道」モードになりました。あとはウォーキング体験あるのみです! 運動不足の私に11キロの道が踏破できるのか。天気予報は小雨だけど大丈夫なのか……。後編に続きます。


<お世話になった取材先>

 

塩の道ちょうじや


住所/長野県大町市八日町2572 

電話/0261224018


入館料/大人500円 小中学生250

開館時間/5月~10月、9時~17時 

     11月~4月、9時~1630

駐車場/大型バス4台 、乗用車7

   (近くに無料市営駐車場あり)


交通/電車=大糸線信濃大町駅より徒歩6

休館日/5月~10月、第34水曜日 

    11月~4月、水曜日 年末年始

http://www.alps.or.jp/choujiya/